伊賀国の城砦と地理・地図・架空地図を語るブログ(仮)

伊賀国(伊賀市・名張市)の城跡と、地理・地図・架空地図を語っていくブログです。

このブログについて

このブログは、筆者が住んでいる伊賀市名張市(まとめて「伊賀国」と呼称します)の城跡・砦跡・館跡(まとめて城砦と呼称します)の探検記録と、架空地図や地理・地図に関するコラム・近況報告などをまとめるブログとなります。

伊賀国の城砦を探検した記録のまとめは下記のリンクからどうぞ。情報提供をお待ちしております。

igacastle-fictitiousmap.hatenablog.jp



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この記事は随時更新していきますので、こまめにチェックしていただければと思います。
(最終更新日:2022年9月29日)

【まとめ】伊賀国の城砦・水先案内記事

この記事は、筆者がこれまで探検した伊賀国(伊賀市名張市)の城砦を探検した記録をまとめる水先案内記事です。

リンクは地区→あいうえお順(読みが不明の場合があり、その城砦は後ろに記載します)に並べています。便宜上、地区は平成の大合併前の市町村ごとにまとめます。

上野市

 

伊賀町

福地城(柘植町)

阿山町

 

島ヶ原村

 

大山田村

 

青山町

 

名張市

丸山城(伊賀市枅川)

丸山城は、伊賀市枅川にある城跡です。

城主・城史

元は伊勢国司北畠具教の隠居城として1575年(天正3年)に築城を決め、翌1576年(天正4年)に作事を行ったものの、この時は完成せず。
1578年(天正6年)3月になり、具教の養子・信意(のち織田信雄)が伊賀国の領国化を狙い、家臣の滝川雄利に修築を命じました。伊賀国郷士衆はこれに驚き、10月にこれを急襲。滝川軍を伊勢国に追い落とし、これが第1次天正伊賀の乱へと結びつきます。

廃城の時期は不明で、この時の急襲で廃城になったという説もありますが、1581年(天正9年)の第2次天正伊賀の乱の後も滝川雄利によって使われたと言う記述があり、はっきりとした時期は不明。それでも、滝川雄利が1584年(天正12年)に伊勢国松ヶ島城(松阪市)へ入場していることから、この時期に放棄されたと考えられます。

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福地城(伊賀市柘植町)

福地城は、伊賀市柘植町にある城跡です。

城主・城史

城主は福地氏。福地氏は伊勢平氏の傍流である平宗清を祖とする一族で、戦国時代には柘植(旧伊賀町)の有力な国人である「柘植三方」を日置氏、北村氏とともに構成していました。
安土桃山時代の1581年、第2次天正伊賀の乱が起こった当時の城主は福地伊予守宗隆。福地宗隆は伊賀を攻めた織田信長に味方して勢力を拡大したものの、翌1582年に本能寺の変が起こって信長が没すると、伊賀の国衆に裏切り者として攻められて国外へ逃亡したと伝わります。

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